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[C14] あとがき

夢追い人はこれにて終了です。
今回は敢えて抽象的な表現を多用してみました。
  • 2007-04-11
  • 投稿者 : ぱるばと
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夢追い人 4

― 4 ―



ゴツゴツした手とは対照的な柔らかい感触。
その時少女の身体が石でなかったら、彼女は泣いていたかも知れない。


灰色に濁った彼女の眼は、ずっと老人の方を向いている。
いつもにも増して熱心に石を打ち続ける彼の姿を疑問に思う。
なぜ今日の彼はこんなにも頑張るのだろうか。

疲労も相当なものなのだろう。ランタンの光に照らされている顔が青白く見える。
いや、室内が薄暗い為にいつもと違うように見えるだけなのかも知れない。




作業は深夜まで続けられた。
その甲斐あって、少女が人間に戻る頃には彫刻はほとんど完成していた。

あとは足の指を彫り、身体の角ばりを落とすくらいか。
尋ねた少女に、老人は首を横に振った。

「もちろん、それもしなければならない。
 しかし、もう一つ。大切な仕上げがある。」


老人はその内容を語らなかったし、少女も聞こうとはしなかった。

完成を間近に控えた彫刻を見ている内に、彼女の心に不安が湧き上がる。

―この像が完成したら、私は用済みになる。そうしたら、彼と一緒に理由が無くなってしまう。それでも今までのように毎日この小屋に来ていたら迷惑だろうか―


彫刻の完成は喜ばしい事だし、彼女自身それを楽しみにしている。
それと同時に「妻」を造り上げた老人にとって、自分は邪魔な存在になるかも知れないのだ。

嬉しさと悲しみが混ざり合い、何とも言えない複雑な心境に陥った少女は、老人に気付かれないよう俯き、黙って涙を流した。









朝起きたとき、目に飛び込んで来る光景がいつもと違うと、その一日が特別な日に思える。

少女が目を覚ました時、隣に寝ているはずの老人の姿は無かった。
彼の事だ。自分を起こしてしまわないよう、こっそりとアトリエに向かったのだろう。

ベッドの上で一度起こした上半身を、老人が寝ていたスペースへと倒す。
布団に顔を埋め、匂いを堪能するように大きく息を吸い込んだ。

鼻を突く汗の匂いが昨晩の事を思い出させる。


少ししてから顔を上げ、窓の外を見ると陽がかなり高い位置まで昇っている事がわかった。相当な寝坊をしてしまったらしい。

自分もアトリエに向かおうと勢い良く起き上がる。
下腹部にはまだ違和感があるが大丈夫だ。

駆けたい気持ちを抑えながら、少女はゆっくりと歩いて丘へと向かっていた。






少女が期待する音はそこには無かった。
丘の上から聞こえるのは、風の音と小鳥の囀りだけだ。

老人は来ていないのだろうか。
それとも単に手を止めているだけか。

―いや。

彼女は不安を拭い去りたくて走り出す。腹部を襲う痛みを堪えて。






老人はそこにいた。
しかしそれは少女は求める姿ではない。

小屋の中で彼はうつ伏せに倒れていた。頭部周辺の床が赤く染まっている。
目を疑うような光景に硬直していた少女は、やがて正気を取り戻し、老人の身体を抱きかかえる。
老人はすぐに意識を取り戻し、立ち上がった。
血が付いた口元を袖で拭う。床に染み付いた血液は、彼の口から出たものなのだろう。



「すまなかったな。」

そう言って老人は、へたり込んでいる少女を安心させる為、無理矢理笑顔を作り、いつものレモングラスティーを入れる。
しばらくの間、2人のお茶をすする音だけが室内を飛び交っていた。

「職業病だよ。」

老人は自分から語り始めた。
少女は怯えたような表情で彼の横顔を見つめる。

「もう長くはない。」

石を砕くのが彫刻家の仕事。
空気中に飛散したその粉塵は徐々に老人の肺を侵していた。
何十年にも渡って塵を吸い続けた肺はもう限界なのだろう。
それが彫刻家の運命でもある。

少女は彼に何て声を掛けたら良いのかわからなかった。
彼には自分の死期が解っているのだろう。
一刻も早く「妻」を再現したいという想い。
せめて、彼の夢を現実にする為に出来る事をしよう。

「せめて妻の傍で逝きたかったんだがな。」

「もうすぐ完成ですよね。私も手伝いますから…」

「いや、彼女はもういないよ。」

言われてから初めて気が付いた。
室内にあの彫刻が無い。

「朝来た時にはもういなくなっていた。」

老人が命を削って作っていた作品。
完成間近にして忽然と姿を消した。

作品を買いに来た客のほとんどは作り掛けの「妻」に目を付けていた。
老人は何も言わなかったが、おそらく客の内の誰かが盗んだのだろう。


老人の夢。妻と一緒に眠りたいと言う希望。
人生最後の願いが届かなかった老人の目は、悲しみに満ちていた。

「今まで世話になったな」

時折咳き込みながらも、老人が笑みを浮かべた。

少女の中で堪えていたものが溢れ出して来た。
彼の胸に顔を埋め、大粒の涙を流す。
羞恥などと言う言葉はそこには存在しないと言っても過言では無いほど、大きな泣き声を上げた。

老人は目を細め、少女が泣き止むまで頭を撫でてやった。














「私を使って下さい。」

「どういう事だ。」

「私を奥さんにして下さい。」

同じ彫刻を1から作り直す時間などない。
だったら自分が盗まれた彫刻の代わりになれば良いのだ。

解っている。彼は少女の像では無く、あくまでも妻の像を作ろうとしているのだ。
少女は妻に似ているだけに過ぎない。
少女の像を完成させた後のもう一手間…それは少女を妻へと変える事。

少女は覚悟を決めていた。
私は妻の代わりになるんじゃない。
私は妻そのものになるんだ。

「自分が言ってる事の意味が解っているのか。石化中に傷つけると…」

「解ってます!」

ここまで強気な少女の姿を、老人は未だかつて見た事が無かった。
石化が解除されるには、石化した時と同じ姿でなければならない。
傷付いたり、壊れたりしてしまうと、二度と人間の身体には戻らない。

彼女の好意に甘え、自分の願いを叶えるべきか。
その為には目の前に立つ健気な娘の命を犠牲にしてしまっても良いのか。

老人の中で葛藤が生まれる。

「…だめだ。お前にはお前の人生が―」

言い終わらない内に、少女は勝手に石化薬の原液を全て飲み干した。

「なんて事を!」

「私は、あなたの奥さんになりたいんです!」

少女は服を脱いだ。
すぐに皮膚の色が変わり始める。

「さぁ…私を…彫って…」



少女は石になった。
いつもはほんの数時間だけなのだけれども、今回は違う。
薬を全て飲み干した彼女が再び人間に戻るのに何年、何十年かかるかは解らない。

でもそれは少女が少女の姿のままでいた場合の話だ。





―カーン。カーン。


心地よい風が吹く丘の上。
いつも聞こえるこの音は、今日で最後になる。

「すまない…すまない…!」
泣きながら、老人は少女を打ち付けていた。

彼を愛した者を、彼が愛した者へと変えるべく。






窓から入ってくる光が途絶えた時には、丘は静寂に包まれていた。
大きな樹の下、風景に溶け入るように立てられた木製の小屋。

その中では、夫婦が安らかな眠りについていた。






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夢追い人はこれにて終了です。
今回は敢えて抽象的な表現を多用してみました。
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